山本康一郎の「スタイリスト私物」
良いものはいつだって常連客のわがままから生まれる

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山本康一郎の「スタイリスト私物」
良いものはいつだって常連客のわがままから生まれる

PHOTO : Yasuyuki TAKAKI
TEXT : Naoko Yoshida


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康一郎さんほど粋な人は東京中を探してもそういないんじゃないか。東京中の人に会ったこともないくせに思わず断言したくなる。粋な人はまわりの人を幸せにするのだ。康一郎さんが女だったら確実にアゲマン決定。

この日、インタビューのために席を取ってくれたのは渋谷区東にある喫茶店。聞けば、独立前から店主の仕事ぶりに惚れ込み、この店にもちょくちょく訪れているそうだ。コーヒーひとつ注文するにも、康一郎さんは生まれたての言葉を使う。その場の雰囲気と店主の性格をふわりと掴んで、思わぬ角度でボールを投げる。そのキレと鮮度たるや! 笑顔で受け止める店主の返しもまた潔い。やり取りを横で見聞きしているだけで、店主の魅力を知り、ここはいい店だというのがわかる。なんだろう、スタイリストって、空気ごと「場」を作る仕事なのかもしれない。

さて、「スタイリスト私物」だ。康一郎さんが懇意にしているブランドやアーティストと作る別注の服や小物を称するようだが......。どうしても、この違和感たっぷりのネーミングを目にするたびに心がザラつく。何を隠そう名づけた本人も、しっくりこないところにしっくりきている様子なのだ。

「"この日本語なんだよ!"って、ずっと気になっていたんだよね。スタイリスト私物なんてしょうもないキャプションつけるよなって、雑誌を見ながら常々思っていて。だからこれは、元エディターの反骨精神なのかな? スタイリスト私物というキャプションの後に値段をつけて校閲を困らせたいという、ごく狭い範囲での喜びなんだけど(笑)。こういうの、ちょっとした癖なのかもね。どのアイテムも作りはシンプルだけど長い話になる。だから話す気もない。長い話をしていると重鎮感が出ちゃうからイヤなんだよ。説明しはじめると結局長くなるから、途中でやめてしまう。若い頃、"なげーなーオッサンの話"って思っていた自分が、ハッと気づいたら夢中でアイテムの話をしちゃっている。アイテムの話も昔の話も一緒だよ。記憶をたどるのが楽しくなっちゃうんだ」。



〈nonnative〉との別注は、Tシャツ2型(ネイビー/ブラック)とパンツ(ネイビー/ブラック)、そして小さな"マタタビウォレット"(ネイビー/ブラック)。〈nonnative〉のデザイナー、藤井隆行とは旧知の仲だという。

「藤井は服の組み立て方が精密。それでいて仕上がりはゆるいんだ。そこがとてもいいよね。アイツの立ち方とか地面とのつながり方も好きなんだよ。藤井と作ったTシャツは紺と黒の2色のみだけど、自分が裏方思考なせいか、濃い色を着ていた方が落ち着くし、自分を消しやすくていい。藤井の服は着ていくとどんどん"ひらけて"、色気が出てくるんだよ」。

マタタビウォレットは、PASMOとお札1枚と小銭を入れてターッと駆け出したくなるような軽やかさが魅力。フタの部分にストッパーが付いているので、小銭がジャラりと落ちない点も見事だ。「また旅に出たくなるからマタタビ」とは康一郎さん。"猫好きスケベおじさん"の異名を取るだけあり、マタタビとは切っても切れない縁があるのかも......。

「マタタビウォレットもサコッシュも、なるだけ手ぶらでいたいから作ったんだ。両手がふさがると思考が止まるので傘も持たない。いつもずぶ濡れだよ。あとはやっぱり、男は特に毎日同じような格好している人って洒落てるなぁと思っていて。気に入ったものがなくなると困るから、同じパンツを3本買うんだよ。〈nonnative〉とパンツを作れたからしばらくは安心だけどね(笑)。着丈を少し短くしたい。ポケットの数を増やしたい。"スタイリスト私物"では、そういう常連客のわがままを皆と共有できたらいいなと思っている。行きつけの店で、"親子丼の卵、もう少し柔らかくできる?"って聞いたり、"トンカツ定食に串カツもつけてよ"とかいう感じと一緒なんだ。いいメニューは常連客のわがままから生まれるものだから。良いものってどれもそうだよ。お客の方もポテンシャルがある店が相手だから言えるわけでさ。こういうのってお互いの経験を認め合った上でしか頼めないよね」。

「スタイリストは出会いを形にする仕事」だと兼ねてから康一郎さんは言っていた。"スタイリスト私物"が何物であるかの答えはまさにその言葉の中にある。あっちとこっちの名人をつなげたり、まさかの2人を引き合わせたり。へんてこな名前を掲げて、康一郎さんは今日も気づかぬうちに人を幸せにしている。




プロフィール
山本 康一郎
1961年京都に生まれ、東京で育つ。大学時代からフリーエディターとして活動する。
雑誌や広告、CMなどでスタイリングを手がけるほか、『POPEYE』などの雑誌で連載を持つ。
2016年はクリエイティブディレクターとしてADC賞を受賞。

instagram @stylistshibutsu