INTERVIEW
AURALEE
RYOTA IWAI
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COVERCHORD FEATURE

INTERVIEW
AURALEE
RYOTA IWAI

ENGLISH

「時間は平等だ」と誰かが言った。デザイナーというのはその平等な資源を人知れず、必死にクリエイティビティへと変えて、年に数度のコレクションを生み出し続ける人種だ。
岩井良太はそんな限られた期間の大半を原料選びや素材開発に費やしている。まだ見ぬ糸に、生地に、そして服に出会いたい。その止まない探究心に対して、〈AURALEE〉に与えられた時間はあまりに短い。
設立からまだ4年。瞬く間に洒落者たちのクローゼットを席巻してきたイットブランドと、そのつくり手を取り巻くタイムラインをなぞる。
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「初めて入ったのが〈NORIKOIKE〉っていう、ニットやカットソーのブランドの会社でした。デザイナーさんは数年前に亡くなってしまったんですけど、パターンの引き方とか、色んなことをそこで教えてもらいました」。

 展開を控える秋冬コレクションのサンプルと膨大な数の生地が並ぶプレスルームで、岩井良太は自身の過去をそう振り返る。当時の彼は大学を卒業し、生まれ育った神戸から東京へと出てきたばかり。入社以前は文化服装学院の夜間部に通い、最初の1年は『装苑』の編集部でバイトをしていたそうだ。〈NORIKOIKE〉に入った後も学校には通い続け、昼夜に渡って服づくりの技術を身につけていった。

「高校3年の終わりくらいから地元の古着屋でバイトしていて、自分も服をつくる方に行きたいなと思うようになりました。それまではアパレルの企業に入るとか、服飾の学校へ行こうなんていう発想は1ミリも無かったですね(笑)。服屋をやりたいなと思ってたくらいでした」。

 彼のファッションの原体験は中学生の頃。"高架下"と呼ばれるJR神戸線の下にある商店街の古着屋で買ったユーズドのスウェットがその始まりだったという。他にも、神戸には当時から良質なショップがいくつかあったと岩井は話す。

「Bshopの本店なんかにはよく行ってました。あとは乱痴気みたいなインポートの面白いものを仕入れてるところもあったり。特に中学の頃は〈A.P.C〉とか〈HELMUT LANG〉とかの人気がすごく盛り上がっていて、僕も好きでした。Bshopではよくセールの時期を狙って〈CHRISTOPHE LEMAIRE〉を買ったりしてましたね」。

 同時期にはいわゆる裏原ムーブメントが最後のピークを迎えていたが、当時の彼とそんな潮流とは少し距離があったようだ。

「神戸はどちらかと言うと原宿よりアメ村の影響を受けたお店が多かった印象があって、そのせいか僕はストリートブランドとかをほとんど通ってなくて。当時人気のあったそういうブランドの影響力も東京に出てきてから知った感じでした。そのまま進んだのは特殊だったかも知れません。日本のブランドでは、僕が学生時代に出てきた〈Scye〉や〈kolor〉なんかはよく買っていましたね」。

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 肉厚なスウェットや、ミリタリーにワーク由来のアイテムなどが〈AURALEE〉に散見するのには、デザイナーを務める彼のそんな遍歴が少なからず影響している。むやみな装飾を良しとしない、ミニマルなデザインもまた然りだ。そして、〈AURALEE〉のものづくりの根幹を成しているテキスタイルやファブリックへの造詣は、様々なヴィンテージを見て、〈NORIKOIKE〉で上品なものづくりと素材の奥行きに触れたことで深まっていった。2015年に自身でブランドを始めて以来、彼はシーズンごとに出張を繰り返している。その多くが原料をその目で見て、選定するのが目的だ。

「行き先はカシミヤやキャメルの原毛が採れるモンゴルだったり、9月にはオーストラリアとニュージーランドにも行くんですけど、全部そんな理由です。風景や街並みからインスピレーションを得るとか、そういうこととは無縁の出張ですね(笑)」。

〈AURALEE〉の母体となる会社はテキスタイルメーカーとして長年操業してきた。そんな背景を生かして岩井はすべての服を生地から作っている。多くのデザイナーがメーカーのつくった布地を選ぶところから始めるのに対し、そのはるか手前からコレクションを形づくっていくという彼の手法に大きな労力が伴うのは想像に難くない。それでも彼は、一貫してそんな服づくりの手順を貫いている。

「まぁ、効率は悪いかも知れないです(笑)。圧倒的に。時間もお金も掛かっちゃうし。ニットやカットソーは自分の経験にあったけど、布帛はそれまであまりやったことがなかったので、社長に教えてもらったり、機屋さんとやり取りを重ねて少しずつ理想に近い生地をつくっていってる感じです。このウールの原毛を使って何番のこういう糸にしようとか、このゲージのニットならこの色だよねとか、本当に感覚的な部分が多いし、長い時間が掛かるので、それが1番大変ですね」。

 いつでも自然体で朗らかな岩井だが、この話題が上がったときばかりは思わず苦笑いする。今はすでに来年の秋冬で使うウールの仕入れ量の決定を迫られていて、コレクションのイメージから素材の為替にまで思いを巡らせているところなのだそう。

「ずっと休みもなくて、とにかくやることが多いんで、本当にしんどいことだらけですよ(笑)。いい悩みだとは思うんですけどね」。

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 そんな時間軸で動いている岩井に、この秋冬のラインナップについて尋ねると、「えぇっと、どんなだったっけな(笑)。........."ベビーカシミヤやキャメル、モヘア素材をメインに使い、グレーベージュやベージュを幅広く用意してそのトーンを見せていく"ですね。本当、プレスがちゃんとメモしてくれていて良かったです」と、彼はプレスリリースをほぼそのまま読み上げた。

「今、次の春夏のことを考えてて、この秋冬のことがすっかり頭になくて......。すみません(笑)」と彼は笑う。ようやくひとつのコレクションが世にでるとき、次のアイテムを形にしてゆき、さらにその先のシーズンの素材を開発している。彼の多忙さにも頷けるが、毎回目利きを唸らせるその服づくりのアイデアはどうやって生まれているのだろうか。

「インプットの種類っていうことですよね? 何だろう。映画は好きだったりしますけど、抽象的すぎてそれが直接インプットに繋がってるのかはちょっとわからないですね。ただ、色のトーンについては、自分が着たいと思うものや上品だなと思えるものがメンズにはあまり多くなくて、いつも意識していました」。

 もちろん、絶えず触れている生地や原料から受ける情報やインスピレーションは少なくない。ミケランジェロは"すべての石にはあらかじめ像が埋まっていて、彫刻家の仕事はそれを発見することだ"と語り、優れた板前は仕入れた素材に合わせて最適な料理を考える。岩井にそんな姿勢への共通項を感じたと伝えると、彼は「恐れ多いですよ」と照れくさそうにつぶやく。

「ひとつのものを作るにあたって、どこを拾うのかということだと思うんです。原料や糸、加工の面白さから考えることもあれば、そのときの気分を表現するために素材を考えることもあります。やり方はものによって本当に色々ある。僕は流れてる(すでに流通している)生地で作ったことはないけど、それを使って自分のブランドの色を表現できる人はすごいと思うし、むしろそっちの方がよっぽどオリジナリティがあるんじゃないかと思うこともあります。ただ、僕にはそれができないだけですね」。

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 無数にある服づくりのやり方、その中から岩井が選び取ったのが現在の環境だ。そして、その根底には質が良くて上品なものをつくりたいという彼の想いがある。もちろん、その"質の良さ"の定義もひとつではない。

「昔は良い原料で、良い打ち込みでっていう自分の中の基準があったんですが、続けるうちにもっと柔軟に考えられるようになりました。あえて打ち込みを弱めて、ゆるくてふわっとさせる方が良い場合もあるし、その服に1番合うものかどうかが大切。良い生地ができたからって、必ずしも服に対して良い当て込みができる訳ではないですし。もっと面白い素材、良いものをつくりたい、っていう気持ちで毎回挑戦しているけど、それが終わるとまたやってみたいことが出てくる。でも、100%の納得がないから新しくつくる意欲が湧き続けるのかも知れません」。

 スウェットの絵型を眺めながら、岩井は話す。中糸がなくなるインレイという製法と特殊な加工でかなりハイゲージながら厚みと光沢を持たせたクルーネックのデザインで、今季はCOVERCHORDでも2つのカラーで別注した定番モデルだ。

「今サンプルをつくっている最中なんですが、どういう色で上がってくるか楽しみです。やっぱり、そういうところにコラボレーションをする意味があると思います。機屋さんやお店とのコミュニケーションも、継続していくことが大事ですよね」。

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 服づくりに携わり始めてから10年以上が経った今、岩井良太は自らのブランドを立ち上げて、その個性はさらに強まった。かつて良店に足繁く通った自身の経験がそうさせたのか、現在はアトリエのある青山にショップを構え、ものづくりの姿勢や品質を伝えることに、以前に増して力を入れている。「明確な目標があれば良いんですが、今はただブランドを良くしていきたいとしか言えないです」と彼は笑う。自ら足を運び、原料を手に取って、イメージを湧かせて、アイデアを振り絞り形にしていく。気の遠くなるようなデザインの道のりやつくり手の苦労を尻目に、生み出された繊細な色合いの洋服たちは静かに並び、それを見る人々に確かな品格を感じさせる。袖を通すたびに気づかされる素材の心地良さは、どれだけ流行が移ろいでも変わらない魅力を持っている。タイムレスと呼べるものがもしあるとしたら、きっとこんな服なのではないだろうか。

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岩井良太
1983 年生まれ。 様々なブランドでパタンナーやデザイナーの経験を積んだ後、2015 SS に AURALEE を立ち上げる。
他には、DESCENTE PAUSE のデザインも手掛けている 。



Photograph_Yuko Saito
Text_Rui Konno