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Takayuki Minami INTERVIEW
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Takayuki Minami INTERVIEW

「完売必至のコラボがローンチ」、「老舗メゾンの劇的なクリエイティブディレクター交代劇」、「有力デザイナーが新ブランドを設立」......。液晶画面が僕らに伝えるファッションは、今日もトピックでひしめいていて賑やかだ。洋服も、ブランドも、つくり手も無数にいる現代で、誰もが個性を主張することに躍起になっている。奇抜なデザインも強烈なメッセージも、今やすぐに出会える身近な存在となった。そんな洋服たちの中にあって、他のどれよりも寡黙で、それでいて不思議と存在感を放ち続ける服がある。それが、南貴之の手がけるグラフペーパーだ。今、色々なスタイルに親しんで、膨大な洋服に触れてきた目利きたちの多くが彼の服づくりに傾倒している。南はそこに、どんな想いを込めたのか。モノで溢れた現代の、価値あるスタンダードとその背景の話。
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最初の挫折は、アーティストになれなかったこと


 月並みな言葉だが、南貴之の仕事は多岐にわたる。彼はあまり過去を語りたがらないが、いくつもの人気ショップで ディレクションを手がけてきた無二のヒットメーカーだ。現在は国内外の人気ブランドを扱うアタッシェドゥプレス、 アルファPRを主宰し、昨年には書店の有隣堂と手を組んで、複合型店舗のヒビヤ セントラル マーケットを立ち上げた。
彼が展開するグラフペーパーというブランドは、この施設内にもある同名のセレクトショップのオリジナルレーベルとして始まった。その勢力的な活動はまさにファッションシーンの一大勢力と言っても過言じゃない。
しかし、そんな所見を伝えると、当の南は「俺、もともとファッションなんて全然興味がなかったんですよ」とさらりと言ってのける。南の言葉を借りれば、彼の10代は洋服よりも音楽が好きな子供だったそうだ。
「父親がオーディオ狂いだったから音楽を聴く環境は元々あったんです。それで、高校生の頃はMTVとかケーブルテレビで流れてる海外のMVなんかをよく見てました。そこに出てくるアーティストの格好とかを気にするくらいには洋服にも興味を持ったけどブランドなんて全然知らないし、雑誌も読まなかった。24歳になるまでスタイリストっていう仕事があることも知りませんでしたよ(笑)」。

 洒落者として多くの雑誌にフィーチャーされている今の彼を見るとかなり意外だが、一方で現在のルーツを感じるこんなエピソードも。 「MTVで観たPVで、ビョークが柔道着みたいなのに(リーボックの)ポンプフューリーの黄色いのを履いてたんですよ。自分が元々柔道部だったこともあって(笑)、"カッケェ!"と思いました。それで近所のおばさんがやってる靴屋に行ったら、売ってるんですよ。しかも、すごく安く」。親の都合で度々引っ越しをしていた彼が当時暮らしていたのは、千葉県のベッドタウン。そこではド派手な蛍光色のハイテクスニーカーの需要はあまりなかったようだ。ネットもケータイも普及していない時代だったが、このモデルが都内では高値で取引されていることをどこかから聞きつけた南は一計を案じた。
「『おばちゃん、これ売れないでしょ?』って聞くと、その人が『そうなの、全然売れないのよ』って言うんですよ。だから、『安くしてくれたら俺が全部買うよ!』って言って買い占めたんです。それを原宿に持っていって、遊歩道で売りました(笑)。バイイングですよね。そう考えると昔からやってることは今とあんまり変わんないなぁ」。
そう言って南は笑う。その後もマンチェスターに傾倒すればオアシスやブラー、ザ・ストーン・ローゼスを聴きまくり、ジャミロクワイに夢中になるとその足元のガッツレーにも関心を向けたりと、雑食ぶりを存分に発揮した。

「若い頃って興味の対象がコロコロ変わるじゃないですか。今思えば、あの頃に色んなことに手を出したのが良かったんじゃないかと思ってます」と南は言う。高校卒業後は情報処理の専門学校に入るも、入学して最初の夏にはすでに辞めてしまったそう。「ファッションよりも音楽とか、アートや空間設計とかに興味があったから、アートをつくる側になりたいと思ってたんです。でも、ウチは美大に行くようなお金もなくて。それで半ばやけっぱちで選んだ学校だったから......。これまでに人生の挫折が何度訪れたのかなんて数えきれないけど、あれが最初だったと思います」。その後の南は偶然募集をしていたアパレル企業で働き始めている。
「ネクタイを締めたくなかったから」という軽い理由で選んだバイトだったが、意外にもこの選択は南に多くの発見をもたらした。
「洋服屋って、物が置かれていて音楽がかかっていて、人がいて内装がされてる。それって、もう空間づくりじゃないですか? もうアーティストにはなれないと思ってたけど、それに気づいてからは、こっちで作品をつくるっていう考え方もできるなと思ったんです。むしろ、こっちの方が色んな人たちとコネクトできるかも知れないな、って」。
そこからの南の躍進ぶりは、冒頭で触れた通り。彼がいくつもの個性的なショップを具現化できた背景には、こうした経験から生まれたアイデアがあったのだ。

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追求しているのは他の誰でもない、自分自身の定番

そして今、南貴之はバイヤーとして、PRとして国内外のブランドを扱いながら、ごくごくミニマルなグラフペーパーの服づくりを続けている。ショップとして始まったのが2015年のことで、スタート当初、店頭に立つスタッフのユニフォームとしてショップコートをつくったのがその始まりだ。その後、スタッフたちの要望を受けて夏用にワークシャツとコックパンツを制作し、これらのアイテムは今もグラフペーパーの定番として、ファンを増やしている。
「最初は自分の店でしか売ってなかったけど、現在の卸先さんが見にきてくれて、『これは卸さないの?』っていう声をいただくことがありがたいことに増えてきて、それで展示会をやることにしたんです」。
「ただ、未だに後悔してます」と南は苦笑いする。もちろんそれは冗談だが、彼はそんなネガティブな言葉を選んだ心境をこう吐露する。
「いや、本当に大変なんですよ(笑)。適当にやれたら気が楽なんですけど、それができない性格だし、お金もすごくかかるしで、リスクだらけですよ」。シーズンを重ねるごとに定番モデルと卸先が増え続けていることからも、このブランドが成長し、人気を高めているのがよくわかる。南のものづくりへのこだわりはそれを支える一方で、自身の仕事を激増させているという痛し痒しの状況をつくり出していて、それを自嘲したのが先の一言だ。それにも関わらず、彼の品質へのこだわりは加速するばかりだというから、大した自虐ぶりだ。素材を吟味し続けた結果、今ではコレクションのほぼすべてがオリジナルの生地でつくられている。とは言え、そのラインナップに目をやると、無地のTシャツやオックスフォードシャツにスラックス、スウェットなど、あくまでベーシックなアイテムが並ぶ。こうした商品構成と"定番"にこだわる理由について、南はこう話す。
「コレクションブランドだと、買い直しが効かない物って多いじゃないですか? 俺、あれがすごく頭にくるんですよ(笑)。気に入ってたのに、次のシーズンに行ったらもう手に入らないっていう。俺は人生で常に消費者でいたいと思ってるので、ウチのお客さんにはそういう思いをさせないようにしたいんです。色んな洋服を着てきた人が、この先何を着ようかな?と思ったときに、袖を通してもらえるような服。モードとかストリートとか、そんなカテゴリだけじゃなくて、オーセンティックなものもアメカジも、ひと通り経験してこられた方が着たいと思えるもの。シンプルだけど気が利いてて、着やすくて動きやすくて、オンでもオフでも付き合えるようなもの。そういう服をみんな探してるんじゃないのかな?と思ったんです」。
そう話しつつも南は「人のための定番をつくってる感覚は別にないです」と言い切る。
「これは自分の定番なんですよ。だから、本当は売れなくても関係ないんです。みんな人を見て服をつくるじゃないですか?僕は自分が良いと思えるかどうかだけでつくってるんです。ひどい話ですよね(笑)。ただ、自信はありますよ。こんなに良いものはないだろうと思ってます。理解してもらえるのかな? と思ったりもするんですけど、趣味の合うお客さんからは『ここ何年か、グラフペーパー以外の服は買ってないよ』って言われたり、スタイリストがベーシックなTシャツをシーズンで15枚まとめて買ってくれたりするんです。業者か、っていう感じなんですけど(笑)、そういう人たちと深く付き合っていきたいですね」。

ニュートラルな洋服のイメージとは対象に、南のワードローブ観は彼の偏見で満ちている。そこに賛同するかどうかは受け手の自由、というのが南の考え方だ。南がそうした考え方に至るまでにいくつもの出会いや経験があったことは想像に難くないが、多くのファッショニスタたちがそうだったように、彼もまた、先駆者たちの洋服観に影響を受けたと言う。
「洋服のつくり方とか男性観とか、今も僕のベースにあるのは(山本)耀司さんや川久保(玲)さんの服です。(コム デ ギャルソン・)オム プリュスがデビューしてからかな、川久保さんが男性服のあり方みたいなことについて、インタビューで話されてたんです。『ピタッとした服じゃなくて、人と服の間にひとつ空気があるぐらいのボリュームやシルエットの方が、男性は人間が前に出て格好いい』って」。
そんな考え方に強く共感した二十歳の南は早速ギャルソンの服に手を出すが、理想とは大きな隔たりが。
「ギャルソンを買っているおじさんとかが、お客さんとして来るじゃないですか? やっぱりそういう人が着てるのが格好いいんですよ。それで、俺は着るのを止めたんです。ダメだ、俺にはまだ早い、って思って。お金も持ってないのに借金して買うべきじゃないし、若いヤツが頑張ってお洒落ぶって着るような服でもないなって」。
しかし、自身が歳を重ねた今では、当然、当時とはまた違ったラインナップになっていて、南の食指は動かなかった。思い描いていた、大人になったら着たい自然体のワードローブ。彼が自ら服づくりに乗り出したのは、そんな憧憬の先の着地点を見失ったことも大きな理由のひとつだったそうだ。そして、それだけに留まらず、空間や洋服のデザイン、イベントのオーガナイズなど、南は手がける案件が変わるたびに、フレッシュな提案を重ねてきた。彼のこうしたアイデアはいったいどこから出てくるのだろうか?
「俺は、普段生活している中で見るものとか、日常に一番面白いことがあると思ってるんです。だから、何かを見るために美術館へ足を運んで、とかっていうことはほとんどないんですよ」。 そう言って、南は手元にあった灰皿を手に取り、こう続ける。
「これをただ置いたら普通だけど、この中に何かを置いたら新しくなるんじゃないかとか、そんな風にいつも考えてます。今話をしているこの場所も、プレスルームの中に喫茶室をつくったら面白いんじゃないか、って思ってできた場所。これが道にあったらただの古い喫茶店になっちゃうと思うんですけどね。ヒビヤ セントラル マーケットも、ショップの置き方とか配置や組み合わせの仕方は新しいけど、それぞれ自体はみんな知ってるものばかり。だから、物事を斜めに見てるんでしょうね。多分、性格が悪いんですよ、俺(笑)。それに、みんな本当に面白いことを見つけに行こうとしちゃうから、逆に見えないのかなと思うんです。情報を食い過ぎなんじゃないかな、って。何も無さそうな中にどう面白さを見つけるのかっていうのを俺は大事にしてるし、 多分、それが俺のスタイルなんだと思います」。

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作為と予想、その外で出会うもの

 南のスケジュール表を覗くと、一年を通してほぼ毎日、仕事の予定がぎっしりと詰め込まれている。そんな中でも、南のアイデアが途切れないのは、彼のインプットが普段の生活に根ざしたものだからなのだろう。
「インプットをしてるっていう感覚すら無いんですけどね(笑)。でも、遊ぶように働いて働くように遊んでる気がするし、あんまり境目がわからないんですよ。好きなことを仕事にしてるからとしか言いようがないんですけど。俺の場合はどれも仕事だし、どれも遊びなんです」。
壮大なものではなく、身近なものに新鮮な切り口を見出すのが南のアプローチ。その提案や生み出すプロダクトで新たな価値観を世に示し続けてきた彼は、その持論をこんな風に語る。「デザインは20世紀で出尽くしていて、これから人間の生きる環境が激変しない限りは、もう新しいものは生まれないと思うんですよ」。
ネガティブに聞こえるが、彼の表情に陰りはまったくないし、実際に南は今でも新鮮なトピックを求め続けている。ただ、その対象は少し意外なところに移ったようだ。
「例えばパッキンって、色んな国を回って行くじゃないですか? だから、その表示を誰が見ても上と下がわかることが大事ですよね。ワイナリーだったら、誰が見ても葡萄畑とわかるようなマークとか。そういうものって、どこかの有名な人がつくってる可能性もあるけど、基本的には誰がつくったのかわからない。そういうアノニマスなデザインに焦点を当てたドイツの本があって、それが俺はすごく好きなんですよ。そういう予想の範囲外から生まれるものが。海外に行ってもファッションウィークとかパーティには全然興味が湧かないし、見てても全然面白いと思えなくて。それよりも街を歩いてる普通のおじさんの作為的じゃない格好の方がよっぽどインスピレーション源になるんです」。

 日常に根ざしたこんな南の審美眼、それが反映されたのがグラフペーパーの洋服たちだ。この春夏では建築家のルイス・バラガンにフォーカスし、ピンクやパープル、差し色のゴールド、コンクリートに生じた陰影を思わせる濃淡のグレーなど、メキシコの現代建築から着想を得た多彩なカラーパレットで、デイリーウェアに新たな魅力を持たせている。
「今も何かを仕掛けてやろうとかっていう感覚は全然ないです。少しずつ品質は上がっていってるけど、サンプルが上がってくる度にもっとこうすれば良かったな、とか、なんでこれができなかったんだろうとか、課題が次々に出てくるんです。それを毎回解決していかなきゃいけないから、俺が死ぬまで終わることはないと思う。でも100%のものがつくれるようになったら辞めちゃうと思うし、うまくいかないから面白いんです。恋愛と一緒ですよ(笑)」。

 グラフペーパーという南貴之の極私的なワードローブ。利益を出すために自分が着たくないものをつくろうとは思わないのか? という問いに、彼は冗談めかしてこう答える。
「そんなダサい売れ方がしたいなら、とっくにやめてますよ。だけど、それでもみんなが買ってくれるから、俺ってすごいなと思いますけどね。すみません、勘違いで生きてるので(笑)」。

彼が茶化した自身の姿勢は本当に勘違いなのだろうか。その洋服に袖を通したとき、きっと答えは出るはずだ。

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南 貴之
1976年生まれ。H.P.FRANCEで〈cannabis〉〈FACTORY〉〈sleeping forest〉などのショップを手がけ、2008年に独立し現在の基盤となるalphaを立ち上げる。セレクトショップのプロデュースをはじめ、ショップディレクションやブランディング、バイイング、空間デザインなど幅広く活動した後、2013年に国内外の様々なブランドのPR業務を行うアタッシュドプレスalpha PRをスタート。また同年に架空の運送会社をイメージしたモバイル型コンセプトストア〈FreshService〉を立ち上げる。2015年にギャラリーとしての機能を持つキュレーション型のセレクトショップ〈Graphpaper〉をオープン、2018年には東京ミッドタウン日比谷に〈HIBIYA CENTRAL MARKET〉をオープンさせるなど多方面で活躍中。


Photograph_Yohei Miyamoto
Text_Rui Konno