nonnative × Lord Echo
Lord Echo Interview for The New Order Magazine
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COVERCHORD CULTURE

nonnative × Lord Echo
Lord Echo Interview for The New Order Magazine

多くの楽器を操るマルチ奏者であり、プロデューサー兼エンジニアのMike FabulousことLord Echo(ロード・エコー)。2000年代初期にニュージーランドのウェリントンで、The Black SeedsとそのキャリアをスタートしたLord Echoは、1960年代のダブ/レゲエプロダクション術を活かし、ディスコ/ソウル/ラテン/アフロビーツと、モダンなエレクトロニック音楽を組み合わせた唯一無二のサウンドをプロデュースし続けている。
ストリートカルチャーマガジン「The New Order Magazine」最新号に掲載されたLord Echoのインタビューでは、これまで彼に影響を与えてきた多様なもの・こと、アグレッシブな自己PRを嫌う気持ち、元フリーメーソン・ロッジへの引越しが音楽キャリアの次のステップのきっかけになったこと、などなどが語られている。
〈nonnative〉とのコラボレーションアイテム発売を前に、彼の個人史を紐解く同インタビューを紹介する。
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出発点は日本のレーベル「Wonderful Noise」

--音楽キャリアを築いたのはニュージーランドでしたが、初めてリリースしたのは実は日本のレコードレーベル「Wonderful Noise」でしたよね?その経緯とLord Echoのローンチとの関連について教えてください。

そうですね、共通の友達を通して日本の「Wonderful Noise」の憲治さんが僕のデモテープをいくつか入手したんです。その当時、僕は既に10年以上音楽を創っていて、リリースしてみたいと夢想したりはしていたけど、実際にリリースするほどにはまだ自分の音楽に満足はしていなかったんです。だから友達が僕が見ていない時に勝手にパソコンからデモのデータを取って、というか盗んでた。もちろん悪意があってとかではなくて、ただ聞いてみたいという気持ちからだけど。

だから僕のデモテープが何枚かそうやって一人歩きをしていました。中には既に2、3回はレコーディングを試みた曲も入っていたから、その時点で既に結構古い曲でした。憲治さんが連絡をくれて、日本でリリースしたいと言った時、それは当時の僕にとってちょうど都合がよかった。というのは、日本でレコードをリリースすれば、仲間がそれを聞いてダメ出しする可能性がなかったから(笑)。それまではそういうことでビビっていたけど、一気にその気持ちから開放された。日本って外国だし遠いから、人々の反応を気にしなくてもいいなって、それが僕のところに返ってくることがないからって考えたんです。

日本でのリリースが出発点だったけど、その後、DJや音楽フォロワーとかディープ・リスナーを介して曲は世界を回りました。僕としてもぜひそういう層の人と通じ合いたいと思っていたからそれはすごく嬉しかった。世界中でなんとなく知られるまでは数年もかかりました。でも、それがインターネットの素晴らしいことの一つですよね。人々は広告やマーケティングのターゲットにされることにもううんざりしていて、だから誘導されることなく自らの考えや気持ちにしたがって自分で何かを発見できる時って、もっと個人的なコネクションを感じるんだと思うんですよ......骨董品のお店ですごい宝物を見つけた時みたいにね。
宝探し的な感覚で何かを探し求めて発掘すること。それがレコードを集める人が求めるスリルでもあると思うんです。その一連のプロセス全部ですよね。だからアグレッシブな自己PRや音楽のプロモーションをずっと避けてきた。もしかしたらもっと速く成功できたかもしれないけど、無理やり押しつけるのではなく、人々が僕の音楽と真につながりを感じて、ゆっくりと自然にオーディエンスに出会えたことはとても嬉しい。


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Lord Echo の ルーツ

-- Lord Echoはダブ・レゲエ/アフロビーツ/ラテン/ディスコ/エレクトリニックを組み合わせたユニークなサウンドだと言われることが多いです。若い頃、またはLord Echoをローンチする前は、どんなレコードを聞いて影響を受けましたか?

両親は音楽を聞いたけど、たくさんのレコードを持っていたわけではなくて。だからというか、いつも僕にとって音楽は聞くものというよりもすることだったと思います。自分は音楽の消費者ではなくて参加者だという認識がありました。初めてハマったバンドはQueenでしたね。しかもそれは本当にたまたまたで、父親は病院のガードナーをしていて、レコードをたくさん処分している人がいた時にそれを全部、家に持って帰ってきたんです。その中にQueenのレコードが入っていました。それが初めてハマったバンドですね。

そして'90年代はみんなと一緒で、ギターをたくさん聞いた。その頃はニュージーランドの原生自然の中のレイヴに参加してアシッドをやっていました。そのレイヴ音楽は特に好きだったわけではなくて、実は結構ひどい音だなと思っていた曲も多かったけど、ドラッグをやっている時に聞くとなんかその音に納得したんです。今になってやっとその音楽の良さがもう少し分かるようになってきた。
そしてよくあることかと思いますが、ある時、それまでハマってた音楽全てに飽きましたね。
それでレゲエを発見したんです。その当時ウェリントンではレゲエが色々なところで流れていたように思う。


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--レゲエの45回転を買っていましたか?

いや、貧乏だったから、というか学生だったから、レコードは買えなかったな。図書館で新しい音楽を聞いたりしていましたね。もちろんインターネット以前の時代ですよ。図書館に行ってレコードやCDを借りたりしていました。レコードを集める人がレコードショップでレコードを探し当てるのに費やした時間を、僕はその時間を図書館で、積み上げられたCDの山をあさることに費やした。当時一緒に暮らしていた友達が図書館で働いたのがとてもラッキーで、図書館がレコードを全部売ると決めた時にそう教えてくれたんです。だから僕はその時、図書館に行って200枚ぐらいのレコードを借りて、売り出しが始まるまで待っておいてから、返却してそのまま一枚50セントで全部買ったんです(笑)。アフリカの音楽はいいものをたくさんゲットしました。残念ながらレゲエ・コレクションは他の人に先取りされて、あまり残っていなかったけど、それでもご満悦でした。

その当時、たくさんの良いリイシュー版も出されていて、レゲエ・コンピレーションをリイシューしているものもあったから、僕はとてもラッキーでしたね。ニュージーランドで普通にレコードショップを回っていては見つけられなかった音楽を発見することができました。
なので、それは大きな影響でしたね。初めてFela Kutiを聞いた時は今もすごく覚えています。図書館にいました。数年前からレゲエにハマっていて、もっとヘビーなパーカッションがあって、もっとデープなアフリカンサウンドのある音楽を聞きたいと思っていたのを覚えています。その時、あるレコードが目に入ったんです。CDでした、Expensive ShitのCDカバーで、そこにはFela Kutiが針金のフェンスの後ろに立っていて、上半身裸になった20人ぐらいの妻たちがその横でブラック・パワー・サリュートをしていた。僕は「ホーリー・ファック。なんだこれは?」って思いました。衝撃でしたね。そのサウンドもすごく独特で......ただ単に自分のサウンドを創り出しただけでなく、15分間の曲のフォーム自体をも創造していたから。それは僕に大きな影響を与えましたね。


ニュージーランドだからこそ確立できたスタイル

これまで自分のやり方で音楽を創ってこれたのは、ニュージーランドが、ある意味孤立していることに直結していると思います。
どんな音楽スタイルも、ある人々や人種のコミュニティーや社会から生み出されるものであり、その人々のアイデンティティーでもあります。昔からアートとは文化を共有するものであり、全ての文化や考えの発展の歴史には、異文化を取り入れた経緯がある。昔はそれは戦争や貿易、移住などによって生じる物理的な近接から来るものでした。
でも、ニュージーランドで僕が聞いていた音楽の多くはその当時、元々の社会文脈から完全に切り離されていました。ニュージーランドの町ではアフロビートを演奏するアフリカのバンドを聞きに行くことはできなかった。だから、社会的コンテクストから完全に切り離されているから、わりと楽に真似たりいじったりすることができて、それを混ぜたり融合させたりすることが、元の文化を冒涜することになる感じはなかったんです。ニューヨークとかみたいに本当に文化のるつぼになっている場所とは、違うと気が付いたんです。
そういう場所では全部の文化をごちゃ混ぜにしてしまうことは伝統に逆らうことになるので、皮肉だけどそいうところこそ、もっと本流主義的になる傾向があると思います。そして、そういうところでは伝統は本当に強く、文化と直結していて、もう目の前で暮らしている人々の暮らしそのものがその文化や伝統だったりします。僕が他の文化の音楽を演奏しようとしたら、世界の色々な場所で笑いものですよね。

でも、僕にできることは、それらを刺激的な形で融合して、それ自体がまた新しい「本物」となるように、付加価値をつけることだと思うんです。
アートそのものの意味、音楽の意味とは、どんな形のアートや音楽であっても、やっぱりそれはある人の内面を表現することだと思うんです。内にあるものを表に出すというか。そして同時にそれはなかなか細い線の上を歩くことにもなる。
文化、音楽、アートの伝統は常に尊重し認めなければいけない。心の底から尊重しなければいけないし、ちゃんと勉強もして音楽の歴史や主要な音楽家などについても知らないといけない。そうすることで伝統を尊重することができる。
今の時代、インターネットによって共通点のない場所が世界中でつながって、それでも他の場所からアイディアをもらうのは全然オーケーだと思うんですけど、自分が自宅のスタジオでいじっているその音こそが偉大な遺産だということを意識することが大切だと思うんです。わかります?音楽やアートやアイディアというのは人々の人生や歴史の偉大な遺産なんです。崇拝するべきだし、その前では僕らは謙遜すべきです。

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いいカバー曲とは何か

--これまでに発表されたLord Echoの3つのアルバム全てに、カバー曲が一曲含まれています。その背景にある考えや、他の人の音楽をカバーする時のアプローチについて教えてください。

そうですねえ、最初は結構意図的でした。人々に僕の音楽を聞いて欲しいと思っていたけど、きっとそんなに興味をもってもらえないだろなあ、と思っていました。だからみんなが聞いたことのある曲をいい感じにアレンジできたら、入り口になるかなと思ったんです。興味をもってもらうきっかけになって、それで僕が出している他の曲も聞いてくれるかなと。だからそういう意図がありました。
そして結果、結構その通りにいきました。でもそれは本当にたまたまSister Sledgeの「Thinking of You」っていういい曲を選んだから。レゲエ・ディスコのバージョンを創ったんです。
おもしろいことがあってね、当時結構たくさんの人に影響を与えていたRoots FoundationっていうレゲエDJコレクティブのライヴをウェリントンで聴きに行っていて、サビに「Ecstacy(エクスタシー)」という単語が入っているレゲエの曲を流しているのを聞いたんです。その時に僕は「ああ、ホーリーシット、そうじゃん、人々は自分が使っているドラッグについて歌っている曲を聞くのが好きじゃん」って思ったんです。そうでしょう?(笑)
僕もそれをやってみたいと思っていた時にSister Sledgeの曲を聞いて、それもさびに「Ecstacy」が入っていたんです。ドラッグの意味のエクスタシーではなく、ただ単語として入っていたんです。「きっとこれはみんな好きだろう」ってその時に思ったんです。それがきっかけだったような感じですね。「Thinking of You」は僕が出している曲の中で、余裕で一番人気の曲です。なかなかいいバージョンを創ったと思っているけど、最終的には元々のNile Rodgersの作曲がよかったから人気なんですよ。彼は世界でも最高のソングライターの一人です。自分が創ったバージョンは好きだけど、やっぱりその成功は元々のソングライターの評価ですよね。

他の2つのアルバムのカバー曲を創る時は、最初は直感でやりましたね。Pharaoh Sandersの「The Creator Has a Master Plan」のカバーをやったんですけど、あまりうまくいかなかったように思います。全くイケてなかったわけではないけど、最初のカバーほどはよくできなかったな。それで3つ目のアルバムの時は「いいカバー曲とは何か」についてもう少し考えましたね。レゲエのカバー曲は一種の小ジャンルだと思うんです。例えばニルヴァーナの曲のレゲエバージョンをやるバンドがあったりするじゃないですか?ある文脈から曲を抜き出して、他のよりダンサブルな文脈の中に挿入すること。新しいものとしての価値はあるけど、そういう曲で自分が特にいいなあと思える曲はあまり聞いたことがなかったんです。そういうカバーの多くはちょっと簡単すぎたり、当たり前すぎたりする気がして、最終的に本当に何か付加価値が付けられている感じがしなかったんです。だからそれについてもう少し考えるようになりましたね。そして、3つ目のアルバムのカバー曲はThe O'Jaysの「I Love Music」でしたけど、その頃にはカバーをする曲に何を求めるべきか、見抜いていたんです。それは、すごく好きな要素を含んでいるが、同時に何かに欠けていて、自分に貢献できるものがあるような曲です。「I Love Music」でいうと、そこに現れている感情はすごく好きです。どれほど音楽が好きかという曲ですから。自己に言及しているところ、音楽が大好きな音楽だというところも気に入った。でもオリジナルはDJする時はきっと使わないだろうなあと思ったし、マッチョなディスコだというところがあまり好きではなかった。だから好きだけど、何か付加価値を加えられる曲として最適だと思ったんです。すでに完璧な曲を選んで、別のスタイルで並のバージョンを創るのではなくてね。
「The Creator Has a Master Plan」は今でもすごく好きです。ライブでやった時は最高だね。でも既に完璧な曲だったということに気が付いたのかもしれない。よっぽど調子に乗っていないかぎりは、既に完璧になっているものを触らない方がいいですよね。それよりも見落とされてしまっている曲とか、何かしら手助けを必要としている曲を選ぶべきです。

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三部作に込めたアーティスティック・ステイトメント

-- 3つのアルバム『Melodies』、『Curiosities』、『Harmonies』には、アートワークと、タイトルと、変わらない音楽スタイルが共通しています。この3部作のLPを創った背景について教えてください。

レコードを創る時、アーティストは大体二つのタイプのどちらかです。一つ目は、ビッグプロジェクトのたびに真新しいことをしたいアーティスト。彼らは新しいもの、意外なもの、新鮮なものに価値を見出す。もう一つは、前にやったことをリピートするアーティスト。僕はどちらかというとリピートすることに興味があって、考え方というのは無限にあるはずだから、同じ一つの基本的な考えからどれだけのものを掘り出せるのか、一種のチャレンジとして捉えた。で、それをやるための方法の一つとして、真新しい楽曲も作ったりしたけど、アルバムに載せる曲を決める時に、同じ筋の通ったものだけを選びました。一枚のアルバムを超えた大規模な企画として、統一感というか一体感を作り出しかったんです。

タイトルが韻を踏んでいたり、共通の筋が通っていたりっていうアイディアも気に入っていますね。当時はちょっとおもしろいかなと思っていたけど、いざリリースしてみたら3枚のレコードを区別するのに色々な問題がおきています(笑)。インターネット時代の初期に、音楽業界が大きな打撃を受けた時期がありました。単純にいうと収入がぐんと減ってしまって、少なくとも音楽で生きていける人がすごく減りました。その時Economy Recordsというレコードレーベルのまねみたいなものを作って。それは、音楽がすごく安く売られるなら、格安バージョンを提供しようということで、可能な限り制作費を節約をするというものでした。その一環で、アルバムが出来上がった時にアルバムアートを選ばなくてもいいというのもすごく気に入ったね。アルバムの音楽を創り終わった時点で僕は大体、感情的にも精神的にもヘトヘトになっているので、その状態でいい感じのアルバムアートを探そうなんて、まったく気が乗らないですね。だからレコードを創るというプロセスのその部分のストレスはすごく減った。気に入った基本のテンプレートがあって、それを3回使いました(笑)。今でもそのやり方は結構気に入っています。
もう一つ、3枚のレコードに共通している点は、同じミュージシャンとやって、みんな親しい友達でもあるということです。僕は知らない人と音楽を創ったことはないです。
そして、最後のアイディアはそれぞれのアルバムに1曲だけカバー曲を載せることでした。

だから3枚に共通する要素は結構たくさんあります。最初は冗談半分で思いついたことだったけど、でも結局完成するまでに10年間かかりました。一つの考え方に沿ってやり遂げることは、時には難しかったですね。
でも最終的には3つの異なる、それぞれ意味のある作品から構成される、一貫性のあるアーティスティック・ステイトメントを作れたことはすごく嬉しく思っている。

実は、最初にそれに気付かされたのは日本にいた時でした。DJ Muroがその3枚のレコードから音楽をセレクトして作ったMix CDがカフェで流れてたんです。その時に初めて他の人の視点から自分の音楽を聴くことができて、「ホーリーシット、本当にいい感じに繋がっているな」って思ったんです。3枚の異なるレコードから曲を引っ張ってきているにもかかわらず、サウンドが一貫していた。それまでは持っていなかった視点が持てて、嬉しかったですね。


活動休止期間とスタジオ製作

ーこれからの予定について教えてください。

最後のアルバムを完成させた後、20年ぶりに音楽活動を休止しました。力尽きて、音楽業界に嫌気が差していた。だからぴたりと止めましたね。音楽に依存していないことが分かって、ある意味、結構開放的だった。もちろん音楽はまだ僕のアイデンティティーの一部ではあるけど、ライブをする時に感じていた自分がとても大切にしたかったものを失ってしまっていた気がして。みんなで一体になって感じる喜びというか、その集団意識の感覚です。それがライブ演奏の大好きなところでした。おそらくお金を稼ぐために同じ音楽を繰り返し演奏することによってその感覚がだんだん失われていったんだと思います。年齢を重ねるにつれ、瞑想とかヨガを通して同じ体験ができるようになった。一人でできるから他の人を必要としないし、それは単純に自分よりも大きい世界と一体になることです。

なので、そうですね、一旦、作曲から完全に離れるのはおもしろい経験でした。人生や暮らしって僕は常に実験を繰り返している感じがしていて、だからそれも一種の実験としておもしろかったです。でもまた音楽活動を再開するのも楽しみです。僕って急いだことはない。早く人気を得ようと思って急いだこともないし、何をするにも急ぐことはせず、ただ直感に従うようにしています。だからこの休憩は、きっとアーティスティックな投資になった思う。
音楽活動から離れていた時間の一部は、自分のスタジオを持ちたいという夢を実現することに集中した。この元フリーメーソン・ロッジを購入して、それは夢にも見ていなかったことですが、ここに自分のスタジオを作ることができるようになった。だからスタジオのセッティングが終わったら、また新しいアルバムを創ります。ロックダウン中、何度かレコーディング・セッションをやりました。何年か溜めたものがあったので、すごく喜びと創造力に満ちた、生産性の高いセッションでした。だから音源はたくさんあります。今はこれからそれを使うのが楽しみです。

また三部作を作りたい気持ちもあります。その発想はまだ気に入っているけど、どうなるか見てみないとですね。一つ言えることは、年を取ってから自分のベストと言える音楽を創るんだろなと、前からずっと感じている。だからこれまでやってきたことのほとんどは、それに向けた宿題のようなものだったのかなと思っている。実際にそうなるかが気になるところです。

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「音」を創造するエンジニアリング

音楽活動から離れている間、僕は家の塗装をやっていました。とても楽しかったです。簡単だから音楽を創ることよりも断然達成感がありました。塗装をしていると「いい仕事をした」と感じることができたけど、音楽を創る時はそんな風に満足することはあまりない。だから何かを上手にできるという達成感を感じて、しかも同時に音楽をたくさん聴くことができて、最高でした。
それを2年ぐらいやっていたら、何かを感じ始めたんですね。それは自分の中にある何かで......単語が喉まで出かかってるいる感覚に似ています。聞こえそうで聞こえない。ある特定の音が聞こえてきて。それは、レコーディング技術で昔から僕が好きだったこと、エンジニアリングの感覚です。アーティスティック・エンジニアまたはクリエイティブ・エンジニアというのは「音」を創造する人です。だからエンジニアリングの概念がすごく好きなんです。
クリエイティブな面って、すごく曖昧だったり、感情的だし、はかない。だから定めるのはなかなか難しいし、気まぐれです。その一方で技術面があって、自分のそのクリエイティビティに具体的で物理的な「声」を与える作業がある。その課題解決的な要素がすごく好きです。自分の中のクリエイティブな面がフィーリングを生み出し、今度は自分の中にある技術者の面がそれを物理的に実在するものに変える方法を見つけなければいけない。この大きな空間でこれからどんなサウンズを創れるか、とても楽しみです。

「スキル」と「純粋さ」と

ー 「年をとってから自分のベストの音楽を創ると思う」と言ったのはそういう理由からですか?エンジニアリングの技術が上達するにつれてということですか?それともクリエイティビティのことも言っていますか?

両方だと思います。というのは、一生を一つのことに捧げたなら、そりゃ上達はしたいです。どんどんスキルを身につけて、年を取ったころには極めたいですよね。でも年齢とともに今度は純粋さというのが失われます。スキルが上達しても「やり方が分からない」という感覚もなんとかしてどこかに残しておかないといけない。
本当にディープな創造性のあることをするには、常に地図上にない領域に身を置くというか、未知の領域に自分を置く時間が必要だと思います。なんだかロマンチックな感じに聞こえるけど、その感覚ってあまり楽しくないことも多いです。常に「悩める芸術家」でいないといけないということではないけど、僕の経験上、本当に満足できるものを創るためには、一旦はその中に完全に迷い込んでしまう必要があります。だから今の僕にとってそれはとりあえず、あまり知り合いもいない人口1000人の小さな町に暮らし、自分の仕事のスタジオで生活をすることだと思います。ここは迷子になるのに最適な場所だから、きっとまた戻ってこれると思っています(笑)。

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nonnative とのコラボレーション

- 〈nonnative〉と一緒に、Lord EchoによるコンピレーションCDとセットになったアパレルコレクションの特別企画を予定していると聞いています。その企画ができた背景についてと、コンピレーションに入っている音楽のコンセプトについて教えてください。

僕は2014年のLord Echoの日本初ライブの時から〈nonnative〉と繋がっています。今回はニュージーランドをテーマにしたコレクションを作るので、音楽とセットになったTシャツをやりたいとのことで声をかけていただいた。曲を選んだ時、人々がまだあまり知らないニュージーランドの音楽をもう少し掘り下げたいと思ったんです。それが僕の意図していたことだったんですが、実際にそれを達成できたかどうかは分かりません。最初は6曲ありましたが、なんとか8曲まで伸ばした。ほとんどの曲は僕が知っていて一緒に活動をしたことのある人たちの曲です。過去にニュージーランドのミックスCDを作ったりした時は、いつも抜けている人がたくさんいる感じがしました。今回はボーカリストで作曲家のLeila Aduの曲を含められてよかったです。彼女は本当素晴らしいユニークな音楽をたくさん出していて、本当はもっと注目されてもいい人だと思います。Cory Championの曲も入っています。彼とはすごく仲良くなった。僕の後の若い世代の人で、単純に素晴らしいミュージシャンで熱心な人です。音楽に人生を捧げていて、今後すごく成功すると思う。たくさんの音楽を出すという点では僕とは結構やり方が違う。一個一個にもっと時間をかける僕の世代、上の世代に比べて、若い人はスピードが速いんですね。彼の音楽も載せられてよかったです。あと言えることとしたら、CDに含める曲を選んでいた時、元フリーメーシン・ロッジに引っ越したばかりでした。それまで住んでいたウェリントンの大通りに比べたら小さな町でとても静かで落ち着いていているところです。鳥の鳴き声がたくさん聞こえて、車とかの音がほとんどなく、すごく穏やかな環境です。だからCDの音楽もそれを反映していて、もっと典型的なニュージーランド音楽の選別に比べたら、リラックスしていてムードがとてもチルです。それが気候がもっと涼しいところでもオーディエンスに響くといいのですが。


LORD ECHO ロード・エコー
ニュージーランドを拠点に活動するマルチ・インストルメンタ ルプレイヤー兼プロデューサーであり、Fat Freddy's Dropと並び、ニュージーランドのオーガニック~ダブ・シーンで中心的な人気を誇るマイク・ファビュラスによるソロ・プロジェクト。2011年11月に「Wonderful Noise」よりリリースしたデビューアルバム『メロディーズ』はソウル、レゲエ、アフロ、ファンク、そしてジャズなどの要素を独自にブレンドしたサウンドで話題となり、ジャイルズ・ピーターソンをはじめ、 オリバー・ワン、トッド・テリエ、リチャード・ドーフマイスターなど国内外のプロデューサー、ミュージシャンを中心に話題を呼び、瞬く間にその名は広まりトッププロデューサーの仲間入りを果たす。2013年には2ndアルバム『キュリオシティー』、2016年に3rdアルバム『ハーモニーズ』をリリースと同時に国内ライブツアーも敢行、またTaico Club、朝霧ジャムなどの国内大型野外フェスなどへの参加や、名門ブルーノート東京での演奏も果たす。2021年にはジャパンツアーでリリースしたシングル曲を網羅した、これまでの10年を総括する初のベスト盤『レアリティーズ』のリリースも決定。

Text_Samuel Fitzgerald
Translation_Yuko Caroline Omura


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DWELLER SERIES
by LORD ECHO


〈nonnative〉とLord Echoの関係は、2014年まで遡る。ツアーをはじめ日本での活動を共にしてきた双方のパートナーシップは今日まで続き、そして今回〈nonnative〉 39th Collectionがニュージーランドの風土からインスパイアされたことから、お互いの長きにわたる関係性を集約させたコラボレーションが誕生。
プロダクト制作にあたりLord Echoのオフィシャルロゴフォントを使用して、コレクションにまつわるグラフィックをデザイン。これを半袖、長袖のTシャツ、6パネルキャップ、バケットハットに落とし込んだ。
またTシャツにはコラボレーション限定のCDが付属。Lord Echoがセレクトとコンパイルをしたニュージーランドアーティストの楽曲を収録している。
ファッションのみならず、音楽やカルチャーを通して世界観を表現してきた〈nonnative〉ならではのコラボレーションアイテムは5月15日(土)発売。
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