コンテンツに進む

COVERCHORD FEATURE

山下 太
阿蘇の大自然を宿したうつわ

豪壮な力強さと、繊細な造形の美が宿る山下太のうつわ。
唯一無二のうつわは、どのように生み出されるのか。阿蘇の工房を訪ねた。

6月17日 (土) 発売

溶岩や火山灰、土、水、草木など、阿蘇の豊かな自然に由来する素材を活かした作品を生み出す、山下太(やました・ふとし)。彼が作陶するうつわには大自然の力強さと、研ぎ澄まされた技法からなる、繊細な造形の美が宿る。

白、黄、赤、インディゴ、オリーブに黒。独自に調合された土が表現する物静かで、力強い色彩。釉薬の収縮で発生する貫入にも似たヒビ模様や、溶岩や火山灰が織り成す艶やかで星空のような模様。そして、火山性土特有のざらつきのあるプリミティブな質感。

和洋を問わず、どんな食事にも合う生活陶器として。モダン・アンティークを問わず、居住空間を演出する上質なインテリアとしても。日々の暮らしに迎えたい、個性的な山下太のうつわたち。

これらはどのような場所で、どのような過程で形作られていくのか。山下太の「阿蘇坊窯」を訪ねるべく、私たちは熊本県阿蘇に足を運んだ。

そこには恵みを与える自然への、感謝と畏敬の念を大切に、自然との深い結びつきを作品として体現し続ける、山下氏の姿があった。

原体験としての阿蘇

熊本県東北部に位置する阿蘇市。周囲100キロメートルに及ぶ世界最大規模のカルデラ(火山噴火による巨大な凹地)の中に、今なお活動する火口群を有した雄大なランドスケープを誇る土地だ。

1973年、福岡県に生まれた山下太にとって阿蘇という地は、幼少の頃より両親に連れられ頻繁に足を運んだ特別な場所だったという。阿蘇に魅せられた父にとってこの地で過ごす時間はとても大切で、大地と触れ合う畑仕事を楽しむほどだった。

現在、山下氏の「阿蘇坊窯」のある場所は、その当時自分たちで木を伐って建てた小屋があった思い出の地だ。

時を経て、山下氏が陶工として独立し、2002年に「阿蘇坊窯」を開くまでには紆余曲折があった。

人生の目標を見出せず、東南アジアやヨーロッパなどをヒッチハイクで旅した若き日々。廃品を集めたジャンクアートなど、当時からモノ作りに傾倒していた山下氏は、タイのビーズアクセサリーを作ってロンドンで売っていた。その時、街の人から言われた一言が山下氏の人生を大きく変えた。「なぜ日本人なのにタイのモノを作ってるの?」山下氏にとってこの一言は衝撃だった。自分は日本人でありながら日本のことを何も知らない。早々に旅を切り上げ、出身地である九州地方のさまざまな工芸品を見て回った。

そして、福岡県のとある工房で「小石原焼」に出会う。民芸調の焼き物を目にした時「自分の人生はこれの為にあった」という衝撃が走ったという。小石原焼の陶工熊谷善光氏に師事し、焼き物の基礎を培った。

4年間に渡る修行の日々を終え、再び阿蘇の地を訪ねた山下氏。阿蘇山をくまなく歩き巡る中で、阿蘇のカルデラ自体がうつわだという感覚を覚えたという。そして、阿蘇に移住することを決意。

自身の焼き物を追求するのであれば、阿蘇の自然そのものを作品として伝えたい。伝統技法に縛られず、学んだ基礎以外を捨てた。

開窯から20年。山下氏の創作活動は、生涯の仕事場として選んだ阿蘇の自然と共鳴し続けている。

未知のものを見るために

「豪壮たる阿蘇そのものを伝える」作品はそのための道具であり、自分の役割は、素材の力と魅力を最大限に引き立たせることのみだと語る山下氏。それは料理人が素材から旨味を引き出して調理する感覚とも似ているのかもしれない。

山下氏の作品において、礎となる「素材」はとても重要な要素。だからこそ、自らの足で山に入り、自らの手で素材を調達するところから彼のうつわ作りは始まる。

原土の素材となるのは、水を浄化する独特の性質を持つ火山性土。さらに、笹やすすきなどの植物の灰、火山灰、溶岩等の鉱物を釉の素材とする。今なお活火山である阿蘇特有の新旧さまざまな火山灰は、噴火した年代によって色や質感が全く異なる。

「阿蘇坊窯」からほど近い山中へ。原土の調達に赴く。

自ら調達してきた素材を使い、精製し、成形し、焼成する。この繰り返しをただひたすらに続けてきた。素材の組み合わせや調合を見直すことで、様々な色が出現することにのめり込む日々。

自然由来の素材が故に、全く同じものはできない。調合した釉薬が尽きたら二度と同じものは再現できない。毎日が実験のような、未知との遭遇の連続。数えきれないほど失敗もしてきた。けれど、山下氏は失敗を新たな発見と捉え、一進一退の過程を心から楽しんだ。

「未知のもの、自分が見たことがないものを見たいがために、やり続けている」生み出す作品は変われど、根本にあるこの信念だけは変わらない。

笹やすすきなどの植物を燃やし、独自の灰釉を作る。

自然への畏敬と信仰

「土という素材を使わせてもらってる以上、神への感謝は欠かしちゃならん」山下氏の思考の根底には、アミニズム (生物・無機物を問わず全ての物の中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方) に由来する、自然への畏敬の念が常にある。それは、自然の恵みを素材とする山下氏にとって、また阿蘇の地に生きる者として、ごく自然なことなのかもしれない。

五岳が連なる「阿蘇山」は、原始の時代より信仰の対象として崇められ、やがては山岳信仰と結びつき一大霊場として繁栄した。かつて山上には僧侶の坊舎が37棟、山伏の庵が51棟も建ち並び、常時300人を超える修行僧がいたとも伝えられている。山下氏が最初に開いた「阿蘇坊窯」の場所も、かつての坊中、修験道の聖地だったという。

先人たちが祈りの対象とした岩や石、神社など、信仰の痕跡が残された場所を愛する山下氏。

毎朝工房内にある神棚に祈り、神社への参拝を欠かさず、作業の合間にリフレッシュするべく山に入る。ごく当たり前の習慣として、生活の中に神への感謝と自然との交信がある。

かつて修行僧たちがそうしたように、静謐な山中で独り思索に耽り、自然と対話する。時には神の依代となった岩を目指し、大分県まで足を運び、実際に触れ、岩を模したオブジェを土で作り上げるという。それはまるで、自分の中に自然を取り込む神事のようだ。

土地と自然に感謝し、真摯に土と向き合い、研ぎ澄まされた技術によって、土に形を与える。山下氏と自然との深い繋がりは美しい。

山下 太(やました・ふとし)
1973年 福岡生まれ。 1995-1996年 アジア、ヨーロッパ、日本を放浪。 1997-2001年 小石原焼で修行。 2002-2023年 「阿蘇坊窯」を始動、今に至る。

Instagram_@futoshiyamashita

6月17日 (土) 発売

山下太 個展
“阿蘇のうつわ”

中目黒のセレクトショップROOTS to BRANCHESにて、「山下太 個展 “阿蘇のうつわ”」 が開催される。 阿蘇の大自然が宿るうつわたちを、手にとって楽しめる。この機会に、ぜひ阿蘇の自然を感じられたい。

山下太 個展 “阿蘇のうつわ”

会期:2023年6月10日(土) – 18日(日) 11:00 – 19:00
会場:ROOTS to BRANCHES 東京都目黒区青葉台1丁目 15-9

Web: roots-to-branches.jp

6月17日 (土) 発売

x