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COVERCHORD FEATURE

nonnative
SS 2026 COLLECTION vol.1
自問自答の、その先で。ノンネイティブの現在地。

デザイナー・藤井隆行に訊いた、2026年の春夏コレクションができるまで。
服をつくる上で思うことと、自身が一番服を好きだった時代の話。

ものづくりとデザインについて。あるいは自身のスタイル観やワードローブについて。ノンネイティブのデザイナー、藤井隆行さんにはこれまでも折に触れて、何度も話を訊いてきた。彼とこのブランドのクリエイションを長年見続けてきたけれど、それでもこの春夏のノンネイティブは少なからず異質に見えた。パープルに象徴される今までにないカラーパレットや、いつも以上にノスタルジーが漂うアイテム選びとディテールの数々。既存のノンネイティブ像からはどこか隔たるそんなアプローチに、このタイミングで彼が踏み切ったのはなぜなんだろうか? 展示会での藤井さんは「もう今さら質問なんてないんじゃない?」と笑っていたけれど、その理由を知るためにまた、彼のもとを訪ねた。

文:今野壘
写真:佐藤健寿

「nonnative SS 2026 COLLECTION」特集は、全2回でお届けします。後編の公開もお楽しみに。

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――時間を割いてくださってありがとうございます。藤井さんがノンネイティブのデザイナーになってから、もう25年近く経ちましたよね?

そうだね。この春夏が48回目のコレクションです。今つくってる次の秋冬が49回目で、その次が50。その数を聞くと「すごいですね!」と言われたりするんだけど、古いブランドになっちゃうのもなぁ……って(苦笑)。
この前韓国に出張で行ったときにもそれはすごく感じました。「ノンネイティブ、僕も着てました!」って声をかけてくれる人が多かったから。

――ご本人たちは好意を持って言っているのも想像できますけどね。

興奮気味に話しかけてくれたりしますからね。「昔好きでした!」って。だけど、やっぱり自分としては「今も続いてるんですけどね」みたいな気持ちにはなっちゃって。

――でも25年以上ブランドが続いていたら、当然そういう世代の方も出てきますよね。だからこそ、ノンネイティブと藤井さんの今のお話を改めて訊きたいなと思ったんです。

はい。そんなことを感じることが増えてきて、この春夏のコレクションの内容を考えるときに、「自分が一番服を好きだったのはいつだったかな」みたいなことを思い出していて。純粋に服を買って、着ることが好きだったのは……って。たぶん、自分が本当に熱狂的だったのは’96年だったかもなって。

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――藤井さんがおいくつのころですか?

二十歳かな。まだ美大に通ってたころだったから。初めてアメリカに行ったのも同じころなんですけど、そこでもアドレナリン全開で、本当に超興奮しながら服を買ってました。
飛行機に乗って、LAに着く2時間前からもうドキドキしちゃってるみたいな、そういう気持ちでしたね。

――そのときのアメリカ行きは何か理由があったんですか?

いや、とにかくアメリカを見てみたいっていう気持ちだけで、飛行機に乗ったのも初めてでした。「とにかく行きたい」って。それでサンタモニカに着いて、僕は当時は車の免許も持ってなかったけど、一緒に行った友達は持ってたから運転してもらってサンフランシスコに向かって。ローズボウルも行ったし、ベンチュラに行ってパタゴニアのお店も覗きましたね。

――だいぶモチベーショナルな旅程ですね(笑)。

当時の自分たちがなんでそんなところを知ってたのかなって今考えると、古着屋の先輩がいたんですけど、その人がすごくいい人で「バイイングはここで買ってる」とかって全部教えてくれたんですよね。まぁ、グーグルマップもない時代だから住所だけ。だから現地で地図を広げて、「ここじゃね?」って友だちとやりながら。
ありがちですけど、モーテルに着いたら電話帳をちぎって、「ここにもアウトドアリテーラーあんじゃん!」みたいな。そうやって行ったパタゴニアのアウトレットで(ラ・)スポルティバのスニーカーを買ったんです。グレーと紫の。当時の僕はレディースカラーを買うのにハマってたんですけど、(US)9以上の大きいサイズって日本にはなかったから、それが見つかったのが嬉しくて。

――アメリカならウィメンズサイズでも大きいものがありそうですもんね。

そうなんです。で、日本に帰ってそれを履いてたらもう、「何それ!?」みたいにみんなに聞かれました。誰もそんな色は持ってなかったから。そういう時代でしたね。そのときにお店でもらったパタゴニアの’96年のカタログも、やっぱりそういう紫とか、オレンジとかの色が多くて。

――当時のウィメンズ用アウトドアギアに多かったカラーウェイという印象があります。

はい。(ナイキのエア)リバデルチがわかりやすい例だと思います。リバデルチは高校のころに買ったりしてたんですけど、そのときのローズボウルでも見つけて、日本に持って帰ってきてフリマに出したら3万円とかで売れました(笑)。
そういうふうにして、ちょっとお金ができたらまたそれでアメリカに行くみたいな、そんなことをしてました。

――藤井さんの青春の1ページという感じがします。

なんて言うか、僕は本当に服が好きだったなぁって、改めて思ったんです。もちろん今でも服は好きだけど、やっぱり昔とは見方が違うんですよ。自分でデザインもしてるし、服をつくってるしで、何かにつながるだろうと思ってやってるところがあるから。
当時は何にもつながらないけど、ただただ服が好きで探してるみたいな、そんな時代でしたね。何がしたかったのかと言えば、たぶん人と差をつけたかったんだと思います。自分だけしか持ってないものを身につけて。それにはアメリカに行くくらいしかなかったんですよね。簡単には電話もできないし、今考えたら無謀すぎるんだけど面白かったなって。

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――逆にその不自由さがあったから夢中になれたんでしょうね。その感覚は今の若い世代の人たちには想像しにくいかもしれないですけど。

ですよね。だけど、それって僕が昔先輩たちから’70年代の話を聞いていたようなもので、テクノロジーのなかったときの話をするのってズルいじゃないですか。だからそういうマウントを取るようなことはしたくないんですけど、アメリカがまだファッションに気づいてなかった時代だから、そこがあのころは面白かったのかもしれません。

――この春夏のノンネイティブはパープルが印象的なコレクションでしたけど、その由来がわかった気がします。でも、なぜこのタイミングでそのころを振り返ったんですか?

うーん……。今ってヴィンテージがまた盛り上がってたり、服の本質好き対決の時代になってるような気がするんですよね。「何年代のアーカイブがもとになってて……」とかっていうふうに。
それを見たときに、自分が服を一番好きだったのは、一番服が楽しかったのはいつだろうと考えて、思い出したのがきっかけ……なのかなぁ。

――そこから邪推すると、あんまり昨今のファッションシーンのムードに肯定的じゃない藤井さんがいるのかなと思ってしまうんですが。

肯定的じゃないというよりは、変なブランドがないよなって感じてます。狙ってツイストしてるブランドとかはあるけど、クワイエットラグジュアリーみたいなものがいまだに人気で、超シンプルで同じようなブランドがせめぎ合っているのが不思議だなって。変な人たちやブランドがモチベーションを保つのが難しい時代だなって感じます。
特にテック系のブームが落ち着いてからは余計にそうなった気がしていて。だけど、自分は相変わらずテクノロジーも好きだし、そんな中でこういう時代にどう表現しようか……みたいな。だから悩んでますね(笑)。めっちゃ苦しいですよ。

――赤裸々ですね(笑)。

見渡しても、やっぱり余計なことをしないブランドが売れてるじゃないですか。デザインってなんだろうなって、つい考えちゃいます。
コロナ中は逆にロゴばかりですごかったけど、あれも辛かったですね(苦笑)。
そうやって25年もやってると、いろんな時代があったなって。

――詰まるところ、もう一度昔のご自身の純度のようなものを取り戻したかったんですか?

そうなんですかね。なんか、上手になってる自分もいるなと思うんです。良くも悪くもプロっぽくなってる自分が。
それを自覚しちゃったら、がむしゃらだった時代を思い出すしかないかな、とかっていうことは考えてました。

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――でも、初心と同じように服づくりと向き合うって、簡単ではなさそうですよね。

そうなんですよね。でも、一方で昔だったら今季みたいなものはつくれなかっただろうなとも思っていて。
たとえば加工のテクニックだったりとか、そういう部分は実は当時、何度もやろうとしたことではあったんですけど、あのころはそれができなかったんです。色にしても、当時はこのパープルを出したいなと思っても、ポーラテックにそんな色はなかったし。
だけど、今はやりとりをしながら、その色をつくってもらえるようになったから。

――普通は続けていくことは、そうやってレベルが上がっていくことのはずですもんね。ただ、手放しでそれを是とできなかった藤井さんがいたと。

はい。前までは毎回どこか新しい場所を訪れて、その雰囲気から得たインスピレーションをコレクションに、とかっていうことをやってたんですけど、今は見たことのない国やエリアで気になる場所っていうのもあんまり思い浮かばなくなってしまって。
どの都市も深くコミュニティに入っていったらまた違うんでしょうけど、それを毎回服にリンクさせていくのもなかなか難しくて。

――ものづくりのための情報収集として旅をするっていうのも、どこかよこしまに思えちゃいそうですよね。

最初に行ったLAに、理由なんてなかったですからね。行きたいから行くっていう、ただそれだけでした。服を仕事にしてなかったあの時代は。
そうやっていろんな場所に行ってコレクションを考えてた時期も長かったんですけどね。(ノンネイティブの運営母体の)TNPっていうのはやっぱりそういうチームだと思うし、僕もアメリカ以外の国にはそんなに行ったことがなかったから、ファッションとかが関係ない国や街に行ってみるのは純粋に楽しかったですし。

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――それはやっぱり(TNP代表のサーフェン)智さんの影響もあるんですか?

そうですね。洋服だけじゃない、いろんな背景を持ってる人たちが集まったチームで服づくりをやってこれたのは、自分としてもブランドとしてもすごい強みだったと思います。だからこそ、自分は服づくりに専念できてましたし。
僕らよりも少し世代が上で、カルチャーのあるものづくりを昔から今まで続けてきている人たちは「なぜ服をつくるのか」みたいなことが明確ですよね。だけど、今の時代はそういうことが減っちゃったのかもしれません。工場のレベルも上がって、みんなが質の高い服をつくれるようにはなったはずなんですけどね。

――それでも、ブランドとしてはコレクションをやって服をつくり続けないといけないわけですもんね。

もちろん仕事だからずっと数字と隣り合わせでもあるんですけど、正直言えば、本当にこれ以上新しい服をつくるべきなのかな、って悩むこともいっぱいあります。自分自身も去年の服を着ていたりするし、今の世の中は服も飽和していて「そんなに要らないでしょ」と思うところもあるから、何をもってして自分はその服をつくるのかっていうことはすごく考えてます。
大きなトレンドもないし、一般の人でもパリコレの情報をオンタイムでキャッチできる状況だし、服で感動を与えるのが本当に難しい時代かもしれないなって。みんな堅実で、言ったら“失敗したくない”っていうのがトレンドかもしれませんね。

――その状況で新しいものを生み出す大変さは、想像するとちょっと気が遠くなりそうです……。

さっきも少し話しましたけど、何が本当のデザインなんだろう、ってすごく考えてます。極力デザインをしないほうがいいのかもとは思いつつ、やっぱりやらないと嫌になりますね。
実はやってみたこともあるんですよ。501®をリファレンスに、そのまんまのデニムをつくってみよう、って。だけどそれで上がってきたサンプルを見て、やっぱり「これ、自分がやる意味ってあるのかな?」って気持ちになりました。
だから原型はあってもやっぱり崩したくなるし、足したり引いたりしたくなります。ジーパンはジーパンであってほしいんですけど、オリジナルを真似るようで真似ないみたいなことろが難しいんです。それがたぶん、自分にとってのデザインなんだろうなって。

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――そんな気持ちを抱えながらつくった春夏コレクションで特に核になっているアイテムはありますか?

さっきの色の話で言えばピグメント染めのカットソーとか、あとはプルオーバーのベストかな。特にプルオーバーとかって、実用性で言ったら決して高くはないんだけど、やっぱりそれにしかない面白さがあるよなってすごく思うんです。

――確かに、脱ぎ着が手間になるプルオーバーを率先して選ぶ理由ってなんだろうという話ですよね。

そういう“これじゃなきゃ嫌だ”っていうチョイスが、現代にはあんまりないですよね。“このほうが賢い”ばっかりで。ごはんを食べるときだって、「店構えがなんかいいから、このお店にしようよ!」っていうのが今は難しいじゃないですか? その前にもう、ネットで点数を見れちゃうから。それで決められちゃうからハズレがない。
さっき話したような昔のファッションは、ほぼハズレだったから(笑)。それを経験したことが今の自分のデザインに活かされてはいるんですけど。とは言え、当時だって失敗はしたくないから「◯◯年代のものでアメリカ製だから」とかっておまけをつけて言い訳することで自分を納得させてました。だけど、だんだんそれも嫌になってきて。「これはアメリカ製じゃないからダメだ」とかってすごくつまらないなと感じてしまって。

――ワクワクしつつ、息苦しくもありますよね。きっと、もっと自由でいいんだろうなと。本筋のコレクション以外にノンネイティブでは毎シーズンのコラボレーションも多彩ですけど、それはどんな基準で企画されてるんですか?

それは正直、計画的にやっていることではなくて、フレンドシップから自然と生まれる話でしかないんです。
初めて会う人たちでも、コラボレーションに発展するときはいつも実際に会ってみて仲良くなりながら実現していくし。ビジネスコラボみたいなものはほぼないんです。だからそこに嘘はないし、どのコラボにしても理由があって、「一緒にやろうよ」みたいなところから始まりますね。

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――今回で言うと、シャツ専業ブランドの〈Rafu〉とのコラボレーションは初の試みですよね?

そうですね。(〈MIYAGIHIDETAKA〉/〈Rafu〉を手掛ける)宮城(秀貴)くんと一緒に服をつくったのも、最初に彼からDMをもらって、「じゃあ、一回会ってお話ししましょうか」っていうところから始まりました。
僕、実はチェックシャツを考えるのがすごく苦手なんですよ。だけど、コレクションではよくやってるし必要なアイテムだとも思うから、誰か僕の代わりにいいチェック柄、考えてくれないかな……とかってずっと考えてたら彼が現れて。彼はほぼチェックとバンダナ柄しかやってないし、有名かどうかとかは関係なく、興味を持った人には直接自分で会いに行ってコラボレーションの打診をしているそうで。それがすごいなって。

――そういう企画も自然にできていったんですね。

結局服をつくるのって、そうやってストーリーが必要になってくるんですよ。「なんでこの服をつくったんですか?」って聞かれて、答えられるようなものじゃないといけない。
いつもは自分が着たいと思う服を素直につくってきましたけど、今回のコレクションは自分の淡い思い出と向き合いながらかなり客観的にデザインしたから、いろんな意味で結構チャレンジングだったと思います。展示会前にルックを組んでるときに、ちょっともう具合が悪くなっちゃうくらい考えたので(笑)。
それでも展示会に来てくれた人たちは楽しそうな反応でした。これから、お客さんたちがどう見てくれるのかなっていうのはすごく気になります。

――ある意味で、藤井さん個人にとって特に意味合いの強いシーズンになったんですね。

逆に今進めている次の秋冬は自分が着たいものばかりをやってるんですけど、今回の春夏をこういう形でやったからこそ、振り切って先に進めたのかもしれませんね。

――なるほど。さっき、服で感動を与えるのが難しい時代と言われていましたけど、やっぱり藤井さんには今も、自分のつくる服で人を感動させたいという気持ちがあるんですか?

感動させたいとは考えてないです。それは昔から同じですね。よく言ってるんですけど、“格好いい”のって格好悪いと思うから。「その服、格好いいね」と言ってもらえること自体は嬉しいけど、そんなに目立つものにしたくはないんです。
「めちゃくちゃいいね!」よりも、「なんかいいね」をどうやったらつくれるかなってずっと考えてます。やっぱりそれが、ノンネイティブらしさだと思うから。

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藤井隆行(ふじい・たかゆき)
1976年生まれ、奈良県出身。美大を中退後、いくつかのショップの店頭に立った後、2001年、〈nonnative〉にデザイナーとして参加。暮らしや生活にフォーカスし、自分らしく生きる人々に向けたワードローブを提案している。

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